尋常性乾癬の生物製剤の歴史(院長の経験も)
尋常性乾癬の最終兵器と言われているのが、
「生物製剤」です。
最近、抗癌剤やアルツハイマーの治療薬としてもよく耳にする治療薬ですね。
「バイオ製剤」と呼ばれることもあります。
尋常性乾癬の「生物製剤」の治療薬としては、
2010年にレミケード(インフリキシマブ)が適応を取りました。
その後、雨後の筍のように薬剤が発売され、2025年時点で11剤が乾癬の治療に使用されています。
下に発売時期順の一覧表を示します。(クリックで拡大します。)
これらの乾癬の「分子標的薬」の治療を行うには
施設認定を得る必要があります。
現在では、皮膚科専門医が常勤する総合病院の多くで施設認定を受けています。
院長が勤務医だった2013年当時は、まだ認定を受けた施設が広島県内に5施設程度でした。
幸い、安佐市民病院は早期に施設認定を得ることができたため、乾癬に「分子標的薬」を投与する機会に恵まれました。その時点で使用可能な生物製剤は「レミケード」「ヒュミラ」「ステラーラ」の3剤でしたが、その絶大な効果に驚きました。それまで、これほど有効な治療薬はありませんでしたから。ちなみに2013年の時点で「分子標的薬」の投与の症例数が最も多い広島県内の病院が安佐市民病院でした。
生物製剤使用前と使用後の写真(マルホ製薬から提供)
2013年4月に開業したため、その後は「生物製剤」を使用する機会を失いました。厳密には開業医でも使用できないわけではないですが、開業医が施設認定を受けるにはハードルが高くそこまでの必然性を感じませんでした。
ただし、勤務医時代の「生物製剤」の治療経験がその後に発売されたアトピー性皮膚炎の「生物製剤」であるデュピクセント、ミチーガなどの投与のハードルを下げてくれたため、当院ではいち早くアトピー性皮膚炎に「生物製剤」「JAK阻害剤」を投与することができました。何事も経験は大事です。
さらに、
2024年11月に
施設認定の基準が緩和され、一定の条件を満たせば当院のようクリニックでも乾癬の「分子標的薬」を投与できるようになりました。
そのため、当院でも2024年11/14に申請し、11/28に受理されました。
ただし、全ての「分子標的薬」が投与できるわけではありません。
IL-17阻害薬、IL-23阻害薬のみ投与することができます。
次に、このIL-17阻害薬・IL-23阻害薬などについて記載します。
尋常性乾癬の生物製剤(標的別に)
既述のように、現在
乾癬の「分子標的薬」は11剤あります。
院長にはステラーラまでの3剤以降の投与経験がないため、残りに8剤については浦島太郎状態でした。
そのため、このページを作製するため勉強しました。
「分子標的薬」というネーミングが示すように、これらの薬剤には
標的となる分子が存在します。
それが薬剤によって少しずつ異なります。
大きく分けると、4種類に分けることができます。
下の表にまとめました。
標的 |
商品名
(一般名) |
投与
方法 |
自己
注射 |
継続投与中の投与間隔 |
TNF阻害薬 |
レミケード
(インフリキシマブ) |
点滴 |
× |
8週間 |
ヒュミラ
(アダリムマブ) |
皮下注 |
○ |
2週間 |
シムジア
(セルトリズマブ
ペゴル) |
皮下注 |
○ |
2〜4週間 |
IL-12/23q40
阻害薬 |
ステラーラ
(ウステキヌマブ) |
皮下注 |
× |
12週間 |
IL-23q19阻害薬 |
トレムフィア
(グセルクマブ) |
皮下注 |
× |
8週間 |
スキリージ
(リサンキズマブ) |
皮下注 |
× |
12週間 |
イルミア
(チルドラキズマブ) |
皮下注 |
× |
12週間 |
IL-17A阻害薬 |
コセンティクス
(セクキヌマブ) |
皮下注 |
○ |
4週間 |
ルミセフ
(ブロダルマブ) |
皮下注 |
○ |
2週間 |
トルツ
(イキセキズマブ) |
皮下注 |
○ |
2〜4週間 |
ビンゼレックス
(ビメキズマブ) |
皮下注 |
△ |
4〜8週間 |
この中で制度上当院で投与できるのは、
IL-23q19阻害薬と
IL-17A阻害薬です。
表で言えば、下の3段とさらに下の4段になります。
IL-23q19阻害薬 |
トレムフィア (グセルクマブ) |
スキリージ (リサンキズマブ) |
イルミア (チルドラキズマブ) |
IL-17A阻害薬 |
コセンティクス (セクキヌマブ) |
ルミセフ (ブロダルマブ) |
トルツ (イキセキズマブ) |
ビンゼレックス (ビメキズマブ) |
当院で投与可能な尋常性乾癬の生物製剤
前述のように、施設認定の制度上は、
IL-23q19阻害薬の3剤、IL-17A阻害薬の4剤を当院で投与できることになります。
ただし、そう単純ではありません。
ここに影響するのは、おのおのの
薬剤費と
自己注射の可否です。
自己注射の可否とおのおのの薬剤費を示します。
標的 |
商品名 |
自己
注射 |
薬剤費 |
IL-23q19
阻害薬 |
トレムフィア
|
× |
339,733円/筒(200mg) |
スキリージ
|
× |
474,616円/筒(150mg) |
イルミア
|
× |
486,197円/筒(100mg) |
IL-17A
阻害薬 |
コセンティクス
|
○ |
138,249円/筒(300mg) |
ルミセフ
|
○ |
74,513円/筒(210mg) |
トルツ
|
○ |
148,952円/筒(80mg) |
ビンゼレックス
|
△ |
303,466円/筒(320mg) |
この表をみてわかるように、
いずれの薬剤もきわめて高額です。
さらに、
IL-23q19阻害薬が突出して高いことがわかります。
これは、
「継続投与中の投与間隔」を見てもらうと理由がある程度わかると思います。
IL-17A阻害薬の投与間隔が
2-4週 なのに対し、
IL-23q19阻害薬の投与間隔は
8-12週です。
投与間隔が長い分、IL-23q19阻害薬の薬剤が高くても不思議ではありません。
ただし、
投与間隔が長い薬剤は自己注射できません。
そのため、必ず
院内で注射を受けてもらう必要があります。
そうなると、クリニックでこの高額の薬剤を準備することになるのですが、ここが問題なのです。
もし、治療をキャンセルされた場合、この高額の薬剤がデッドストックになる可能性があります。治療機会の多い薬剤ではないので、他の患者さんへ流用も困難です。多くの患者さんに「分子標的薬」を投与する総合病院や乾癬の専門病院でなければ薬剤の管理が難しいのです。
そのため、
当院ではIL-23q19阻害薬の投与を当面行う予定はありません。
当院で投与できるのは、
IL-17A阻害薬のみとなります。
コセンティクス(セクキヌマブ)について
現在、4剤使用できる
IL-17A阻害薬の中で、
当院がまず採用しているのは
コセンティクス(セクキヌマブ)です。
理由は単純に治療費が一番安いからです。(ルミセフの方が安いですが、ルミセフは2筒投与ですので、倍の治療費がかかります)

コセンティクス 皮下注300mg ペン です。
コセンティクスが投与できる方
- 尋常性乾癬、関節症性乾癬、膿疱性乾癬の患者さん
- 6歳以上
- 今までの治療法で十分な効果が得られない方
- 皮膚の症状が全身の10%(手のひら10枚分の面積)以上ある方
- 難治性の皮膚症状または関節症状がある方
つまりは、
全身の広範囲に乾癬の皮疹が認められる方。
皮疹は小範囲でも関節に痛みを伴う方。
が、対象ということですね。
それ以外に、
爪の変形が強い方でもコセンティクスが有効である症例が多く報告されています。
コセンティクスが投与できない方、注意が必要な方
- 使用できない方
- 重い感染症を患っている方
- 活動期の結核を患っている方
- コセンティクスに含まれる成分に対するアレルギーがある方
- 注意が必要な方
- 感染症を患っている方
- 過去に結核にかかったことがある方
- 炎症性腸疾患(クローン病など)を患っている方
- 高齢の方
- 妊娠中、授乳中の方
コセンティクスの投与スケジュール
コセンティクスは、通常、1回につき150mgペンは2本あるいは300mgペンは1本注射します。
初回は必ず医療機関で、医師の直接の監督のもとで、投与を行います。
初回投与後、1週、2週、3週、4週に投与し、それ以降は、4週間に1回の間隔で投与を続けます。
自己注射が可能な方は、
5回目の注射以降は3ヶ月に1回の受診で治療を継続できます。
コセンティクスの投与には検査が必要です。
アトピー性皮膚炎、円形脱毛症のJAK阻害剤と同様に投与前と投与中に検査が必要です。
結核、B型肝炎、C型肝炎、真菌症、腎機能障害がないことを確認する必要があります。
皮ふ科開業医でJAK阻害剤や乾癬の「分子標的薬」の投与が難しい点は、この投与前検査にあります。
皮ふ科開業医でレントゲンが撮影できる設備を持つことは一般的ではありません。例に漏れず、当院にも設備がありません。
そのため、これらの検査を内科あるいは外科などで受けて頂く必要があります。
また、この検査は2回/年で継続して頂く必要があります。
投与を希望されたときには、
当院で
血液検査を提出します。
この検査費は約6000円くらいかかります。(3割負担)
また、希望の内科あるいは外科宛に
胸部レントゲンを依頼する紹介状を記載してお渡しします。
次の再診までにレントゲンを撮っていただく必要があります。
コセンティクス投与のシミュレーション
治療を月のいつ頃から開始するかでかなり金額に差が出てきます。
治療費の面から単純に割りきれば、月初めに初回の投与を開始する方が医療費をおさえることができると思います。(年収にもよりますが、、、)
最初に1週間ごとに4本注射しますので、この4本を同じ月内に注射する方が高額療養費制度を利用しやすいということですね。
ということで、
仮に2月1日から投与を開始したとしてシミュレーションしてみましょう。(なぜ2月かというと、2月は28日なので計算しやすいからです。)(^o^)
シミュレーションの表を下に示します。
表にはありませんが、
まず、
1月の下旬に投与前検査が必要です。
その検査の受診時に、
デモキットを用いて自己注射を指導します。(これが1回目の指導)
↓
2/1は当方で薬剤を用意しますので、
院内で医師の指導下に
自己注射をしてもらいます。(2回目の指導)
↓
2/8は当方では薬剤を用意しません。自己注射の説明をした後、コセンティクスを
3本分の処方箋を発行します。患者さんはその処方箋を調剤薬局に提出し、薬剤を受け取ります。
2/8にはそのコセンティクスを
1本自己注射します。残りは冷蔵庫で保存します。
↓
2/15、2/22も同様に
1本ずつ自己注射します。
↓
3/1には
当院を再診してもらいます。特別問題がなければ、コセンティクス
3本分の処方箋を渡しますので、同様に調剤薬局で薬剤を受け取ります。
3/1、3/29、4/26は自宅で
自己注射を行います。
↓
5/24には
当院を再診します。
以降、このサイクルを繰り返します。
コセンティクスの治療費
さて、それでは実際の治療費です。
まず、負担金は全て
3割負担で計算します。1割負担、2割負担の方は適宜換算してください。
|
薬剤費 |
負担金(3割) |
コセンティクス
|
1本 |
138,249円/筒(300mg) |
41,474.7円 |
普通に3割負担のみであれば、1本注射する度に
41,470円の医療費がかかることになります。
既述のシミュレーションであれば、2月に4本注射しますので、2月には41,470円×4=165,880円の負担が必要です。とても高額ですよね。
ただし、高額療養費制度がありますので、多くの方がこの適応を受けることができます。
70歳
未満 |
適用区分 |
ひと月の上限額(世帯ごと) |
年収 約1,160万円以上 |
252,600円+
(医療費-842,000円)×1% |
年収 約770万円〜約1,160万円 |
167,400円+
(医療費-558,000円)×1% |
年収 約370万円〜約770万円 |
80,100円+
(医療費-267000円)×1% |
年収 約370万円未満 |
57,600円 |
住民税非課税 |
35,400円 |
70歳以上の方にコセンティクスを投与することはあまりなさそうですが、一応70歳以上についても表を示します。
70歳
以上 |
適用区分 |
ひと月の上限額(世帯ごと) |
現役並み |
年収 約1,160万円以上 |
252,600円+
(医療費-842,000円)×1% |
年収 約770万円〜約1,160万円 |
167,400円+
(医療費-558,000円)×1% |
年収 約370万円〜約770万円 |
80,100円+
(医療費-267000円)×1% |
一般 |
年収 156万円〜約370万円未満 |
18,000円
年14万4000円 |
57,600円 |
住民税非課税 |
U 住民税非課税世帯 |
8,000円 |
24,600円 |
T 住民税非課税世帯
(年金収入80万円以下など) |
15,000円 |
そして、高額療養費制度には
「多数回該当」というありがたい制度があります。
直近の
12ヵ月間に、すでに
3回以上の高額療養費の支給を受けている場合は、
4回目から「多数回該当」となり、自己負担の上限額がさらに引き下げられます。
では、実際に下のスケジュールで投与したときの医療費をシミュレーションしてみましょう。
最も多いとされる
370万円〜770万円の年収で計算します。
ややこしいので、
コセンティクスの薬剤費のみで計算します。実際には検査費や初診、再診料も加わりますので了承してください。
2月の医療費
実際のコセンティクスの薬剤費
4本注射しますので、コセンティクス1本:138,249円×4本=
552,996円(負担はその3割:165,880円)
高額医療制度を適応すると、
80,100円+(552,996円-267,000円)×1% =
約82,960円
3月の医療費 実際のコセンティクスの薬剤費
3本処方しますので、コセンティクス1本:138,249円×3本=
414,747円(負担はその3割:124,424円)
高額医療制度を適応すると、
80,100円+(414,747円-267,000円)×1% =
約81,580円
4月は処方がありません。
5月は5/24にコセンティクスを3本処方しますので、
3月と同じ医療費がかかります。
8月の処方時には
多数回該当が適応されますので、
8月の医療費は
44,400円になると思います。
あくまでシミュレーションです。
世帯収入や夫婦で加入されている保険の種類、扶養の有無などで、多少計算は変わってくるようです。
詳細は加入されいている保険にお尋ねください。